オギの備忘録

やあ、私の名はオギだ。何かを発信したかった。ブログを開設した理由はそれだけで十分さ。

「余命10年」を読んで

[目次]

 

はじめに


どうも、オギです。
今回はテイストを変えて読書報告をします。
(決してブログの内容が思いつかなかったとかそんなんじゃないzoy)
手短に書こうと思うのでそれでは。

 

「余命10年」について

f:id:ogichangs_thinking:20210530124330j:plain

 この本は2007年に単行本化、2017年に文庫化した本です(今回読んだのは文庫版)。
また、今年の3月に映画化が決定しています。恐らく公開は早くて2023年とかでしょうか?楽しみです。


 これだけ聞くと、本作はありふれた文庫本の一つという位置づけに留まります。

 私が本作を購入したきっかけは作者の来歴にあります。作者の小坂流加さんは、文庫版「余命10年」の刊行を待つことなく、亡くなっています。また、彼女が公表した作品は2作しかありません。しかし、2作目である「生きてさえいれば」は遺稿であるため、生前での公表は本作だけになっています。

 

 そんな彼女の来歴とタイトルの親和性(と言っていいものか……)に興味が湧き、購入した次第です。また、購入当時に自分の気持ちが落ち込んでいたということも、少なからず購入の動機にはなっていますね。

 

あらすじ

 

 本の感想を書く前にまず、本作のあらすじだけ説明しておきます。ネタバレ注意!

 

 主人公である20歳の女性「茉莉」は、余命10年という不治の病に罹ってしまう。そのため、短大の退学を始め、あらゆるものを諦める必要があると彼女は悟っていた。しかし、かつての同級生「和人」に恋をして、大切なものが増えていく。
 だが茉莉は、「あと数年で死ぬ自分のせいで和人の人生を奪いたくない」と、彼と別れることを決意する。
 期限付きの恋の行方は。そして二人の迎えた結末とは如何に?

 

感想

 

 はい、感想書きます。

 本作品は、筆者が実際に闘病しているということもあってか、余命を宣告された人の描写が異様にリアルです。そのため、より物語の世界に没入できるというのが第一印象でした。
 また、「大切なものを徐々に手放さなくてはいけない」という思いと、「大切なものを手放したくない」という思いの間で揺れる主人公の描写が、読んでいてとても心にきました。

 上記の描写は私にとっても、とても共感できるものです。唐突ですが、私は「どうせ人はいつか死ぬから、相当な功績を残せない限り、生きてる意味なんてないのだろう」という思想を抱えています。異端ですね()。だからこそ、余計なモノ・関係を増やしたくない。しかし、今を楽しむ以上どうしても捨てられないモノ・関係は確かにある。そんな思いは理解しているつもりです。
 そこを踏まえた上で、「余命が宣告されていない私たちは、まだ選択の自由がある」といったことに、少なからず感謝しなければならない。そう思いました。

 

まとめ

 

 まとめです。

 この作品を読んで、「余命が宣告されていないのならば、なるべく生きた方がいい」と改めて感じました。勿論、この作品を読んだからと言って、私の希死念慮が解消されたわけでもなければ、「自殺するな!」と声高に言いたいわけでもありません。

 ただ、生きていれば万物において少なくとも可能性はあります。また、様々な良い体験をすることも出来ます。
 たとえ、今生きている理由が、「来週のテレビ番組が見たいから」といった些細な理由でもいいのです。明日を生きる限り、可能性は確かにそこに存在するからです。


 「人生100年時代」と言われる昨今、いくらでも死にたくなる瞬間に遭遇します。ですが、極端なことがない限り、案外万事において上手くいきます。死にたくなるくらい辛かったら、逃げればいい。逃げた先でどうするか考えればいい。
 アドラー心理学によると、人間の悩みの全ては「対人関係」に起因するそうです。辛い思いをするような対人関係なんか壊してしまえばいい。
 よく日本は、「失敗したらやり直せない国」などと揶揄されますが、誰かしらは手を差し伸べてくれるはず。そこまで腐った世界ではないと、私は願っています。

 

 世間を知らない若造の戯言だと一蹴されるでしょう。しかし、視野を広げると、また新しい世界が見えてきます。高校時代の私がそうだったように。

 

 最後に下記の言葉を書いて、終わりとさせて頂きます。それではまた次回。

 

I'd rather die tomorrow, than live a hundred years without knowing you.

(Pocahontasより)