オギの備忘録

やあ、私の名はオギだ。何かを発信したかった。ブログを開設した理由はそれだけで十分さ。

哲学で紐解く「なぜ高校生が主役のスマホゲームはヒットするのか?」Part3

[目次]

 

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もうすぐHARD以下のフルコン埋めが終わります

はじめに

 

 どうも、オギです。プロセカ楽しいからやれ(布教)。

 この記事は、前回の『哲学で紐解く「なぜ高校生が主役のスマホゲームはヒットするのか?」Part1,Part2』の続きの記事となっています。

 もしまだ見ていなければ、是非見てください。

 

ogichangs-thinking.hatenablog.com

 

 

ogichangs-thinking.hatenablog.com

 
では本題に入ります。

 

 

前回のおさらい

 

 前々回、前回の記事で、

「高校生が主役のスマホゲームはなぜヒットしたのか?」という命題に対して、3つの理由を挙げました。


①プレイヤーが高校生に対するルサンチマンを持っているから


②「高校生」という適度に自由・制約のある存在に憧れているから


③価値を見出す対象となるキャラクターが多く登場するから

 

 ①、②については既に解説したので、今回は③について解説していきます。

 

 

理由3:価値を見出す対象となるキャラクターが多く登場するから


 ゲームを継続的にプレイするには、そのゲームに没入できる要素がなければなりません。今回、考察の対象に取り上げているゲーム、所謂「キャラゲー」においては、「登場人物に自己投影できるか」ということが重要になってきます。

 

なぜならキャラゲーにおいては、登場人物に愛着を持ってもらうことが、ユーザーの乖離を防ぐことにつながるからです。

 

 この理論を哲学的に考えると、「売れているキャラゲーは、多数の人物を登場させることで、各プレイヤーの遠近法主義に寄り添っている」と考えることが出来ます。

 

 遠近法主義(パースペクティヴィズム)とは、これもニーチェが示した考え方です。客観的な認識は不可能であり、それぞれの立場や条件によって認識の仕方は変わるという考えのことです。


 例えば、下記に示した絵を複数人の人が見たとします。

 

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ある部屋の壁紙の絵

 

 ある人は「上手い絵だな」と思うかもしれません。

ある人は「この絵はどこの部屋をモデルにしたのだろう」と思うかもしれません。

はたまた「これは映画『トイ・ストーリー』に出てくるアンディーの部屋の壁紙だ」と思うかもしれません。


 このように、どんな事柄にも、万人に共通する客観的事実は存在しない。事柄に対する考え方は個人個人の解釈に委ねられる、ということが遠近法主義なのです。

 

 では、遠近法主義がキャラゲーに対してどのように作用しているのでしょうか?
 まずキャラゲーには、比較的多くの登場人物が登場します。それぞれの人物にはそれぞれ個性と性格があり、誰一人として余人に変えることは出来ません。そして、それだけ多くのキャラクターが存在すれば、誰かしらに価値を見出すことができます。ここで言う「価値」とは、そのキャラに惹かれる要素ということです。ここで遠近法主義の考え方が出てきます。個々人が何に価値を見出すかは、その人の考え方次第です。ということは、ゲーム内により多くのキャラクターを登場させれば、より多くの人がそのゲームに対して価値を見出す可能性が高くなるということです。つまり、推しが出来やすいということですね。


 また、ゲーム内に多くのキャラクターを登場させれば、キャラクター同士の掛け合いが発生します。人によっては、キャラクター同士の関係性に価値を見出すこともあります。これが所謂「箱推し」につながってくるわけです。
 これは「高校生が主役のゲーム」に限らず、アイドルなどにも応用できる考え方です。
 
 ここまでの話を総括すると、


①「事柄に対する考え方は個人個人の解釈に委ねられる」という考えが遠近法主義である 

→ より多くの人に価値を見出してもらうには、価値を投影する対象(キャラクター)を増やせばいい


②キャラクターを多く登場させれば、推し・箱推しという考え方が出てくる 

→ キャラクターに愛着を持たせて、ユーザーの乖離を防ぐ
ということになります。

 

 

おわりに

 

 さて、完走するのに大分時間がかかってしまいましたが、これにて、

『哲学で紐解く「なぜ高校生が主役のスマホゲームはヒットするのか?」』シリーズの投稿を終わらせて頂きます。ブログでシリーズ物の記事を書くことを一度やってみたかったのですが、結構苦労しましたね……。全3パートの文量は恐らく10000文字を超えているので……。(下書きは元からあったんだけど、分割投稿の管理が普通に出来てなかったw)

 

 ところで、私はブログを始めてから、文章が主体の硬い記事ばかり書いています。いくら外出する頻度が人より少ないとはいえ、文字ばかりのニッチすぎる記事だけを書いててもなぁ……。というのが悩みです。

 次回はもうちょい緩い記事書きたいと思います。それではまた次回。

 

 

「参考文献」

「哲学用語辞典」田中正人 斎藤哲也 編集監修

 2015年3月1日第1刷発行